Research

実務家教員の実態調査

研究のきっかけと趣旨

 実務家教員というといまだに「仕事を引退した人が大学で自慢話をする」みたいなイメージがあるかもしれませんが、実は2019年くらいからずいぶん状況が変わっています。文科省も実務家教員の質・量を高めるための補助事業をそれなりの規模で組みましたし、それに伴って実務家教員を養成するための教育プログラムもいくつか設置されました。そのうちのひとつがわたしの所属機関が2018年から開講している「実務家教員養成課程」です。小規模の大学が教育プログラムを提供するということは、当然そこに所属する教員はなんらかの形で巻き込まれるわけで、わたしも授業を担当したり運営を手伝ったりしてきました。


 思えば実務家教員と縁のある学生生活でした。最初の修士は専門職大学院で官僚の先生に公共政策を叩き込まれていましたし、留学先では元ジャーナリストにオーディエンス研究のイロハを習い、博士課程の指導教員にも過去に実務経験がありました。就職先を選ぶときに「専門職大学院」が選択肢の上位に入っていたのは、こうした先生方にものすごく丁寧にご指導いただいていた成功体験があったからだと思います。もしかしたら博士の研究室に社会人学生が多かったことも関係しているかもしれません。


 で、わたし自身も今後の高等教育で実務家教員が大きな役割を果たすことは確信していて、制度的なサポートも増えればよいと考えているわけですが、なぜかこのあたりのデータがほとんどないんですね。本当であれば所管省庁が積極的に実務家教員の基礎情報を収集して、実情と理想像を繋げていくための取り組みをしなければいけないと思いますが、なかなか進んでいない状況にあります。研究者による論文も教職大学院の探究がかなりの割合を占めていて、それ以外の分野はあまり目を向けられてきませんでした。


 誰もやらないとそれはそれで困ってしまいますし、幸いわたしの専門であるマスメディア業界は伝統的に実務家教員としてセカンドキャリアを送る方がそれなりにいらっしゃるので、とりあえず議論が盛り上がるまではわたしも基礎調査を蓄積しておこうかな、くらいの気持ちで研究を始めました。とりあえずデータの収集方法は開発したので、あとはよろしくお願いします。


これまでの成果と今後の展望

 本領域におけるすべての研究成果はこちらに掲載されています。

 オンラインで入手可能なものが少ないですが、いくつか代表的なものを抜粋します。



・橋本純次(2020)「学術界と産業界を架橋する実務家教員養成のあり方」, 『実務家教員への招待 : 人生100年時代の新しい「知」の創造』, 社会情報大学院大学出版部, pp.312-341.

文部科学省が取り組む実務家教員の質的・量的普及事業のひとつであるところの「社会情報大学院大学 実務家教員養成課程」を事例として、実務能力・教育能力・研究能力を養成するための実務家教員養成プログラムのあり方について論じた。とりわけ、同分野の教育においては「実務経験の棚卸し」こそが重要であることが明らかになった。



橋本純次(2021)「知識基盤社会の大学教育におけるマスメディア出身実務家教員の現状と課題」, 『社会情報研究』3(1), pp.35-42.

知識基盤社会において、マスメディア出身実務家教員が実務家教員政策上の要請に応答できているか否か検証するため、公開資料を基礎として「どのような属性の実務家が」、「どのようなことを教えているか」という二つの視座から基本情報を収集した。調査からマスメディア出身実務家教員における保有学位の多様性は認められたものの、ジェンダーや年齢層といった観点からは制度趣旨との乖離がみられた。



・橋本純次(2024)「産業界の実務家教員による『理論と実践の融合』の現在地:マスメディア出身実務家教員を端緒として」, 『実務家教員のこれまで・いま・これから:人生100年時代の新しい「知」の発展』, 社会構想大学院大学出版部, pp.26-44.

知識基盤社会において実務家教員に要求される「理論と実践の融合」をめぐる課題について、伝統的に高等教育機関との結びつきが強いマスメディア業界をケースとして検討した。公開情報を基礎とした属性の分析と、4名の実務家教員に対するインデプスインタビュー調査から、マスメディア業界における制度上の問題や、実務家教員をめぐる政策と産業界の実情の乖離が明らかになった。



 これまでの研究で、実務家教員の基礎情報を収集するフローを下図の通り開発しました。まず、制度的要請により各大学がHPで公開している「様式第2号の1-①【(1)実務経験のある教員等による授業科目の配置】」を取得し(「○○大学 様式第2号の1-①」で調べれば出てきます)、そこに掲載されている「『実務経験のある教員等による授業科目』の一覧表の公表方法」を確認します。そうすると「どの実務家教員がどの授業を担当しているか」がわかるので、あとは手動で氏名やシラバスのデータを収集・分析すればOKです。大抵の場合、氏名でweb検索すれば生年月日や経歴も入手できます。

 めちゃくちゃ大変ではありますが、おそらく現状もっとも確実な方法ではあるので、よろしければ試してみてください。実務家教員をめざす方が「ご自身と近い領域の実務家がどんなことを教えているか」を調べることにも役立つと思います。



おすすめの参考文献

 まず、実務家教員の社会的役割や政策の展開について総合的に知りたいのであれば、いまのところわたしの所属機関が出している書籍4部作くらいしかないと思います。なんかamazonのリンクを貼るのもよくない気がするので、よろしければ検索してみてください。


  • 『実務家教員への招待 : 人生100年時代の新しい「知」の創造』
  • 『実務家教員の理論と実践:人生100年時代の新しい「知」の教育』
  • 『実務家教員という生き方:人生100年時代の新しい「知」の実践』
  • 『実務家教員のこれまで・いま・これから:人生100年時代の新しい「知」の発展』


 わたしが好きなのは3冊目で、実際に実務家教員として活躍する先生方へのインタビューからいろいろなエッセンスを抽出した本です。実務家教員になりたい人も、実務家教員について研究したい人も、ぜひ手に取ってみてください。あとは ドナルド・ショーン(2007)『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』, 鳳書房. は理論枠組みとして必読ですし、もしくは「理論と実践の融合」みたいな話に関心があるのであれば 野川道子 編著(2016)『看護実践に活かす中範囲理論 第2版』, メヂカルフレンド社. も具体的なイメージを膨らませるために役立つと思います。